「翻訳の『行間』」experienced。

ノンフィクション – experienced

「例えばなんだけど、
『恐縮ですが…』という日本語があるだろ」

「ええ、ありますね」

翻訳・通訳専業でメシを食べている甲を
乙がインタビューしているという様式だ。

「あれ、一応英語に訳せば
『I’m afraid of saying that~』とか
『I’m sorry for that~』とかになる」

「そうですね」

「ただ、英語圏の文化だと
こういう言葉は使わない方がいいこともある。
わざわざ使うな、と先方から指定されることもある」

「あら…、それはどうしてですか」

「まあ乙もなんとなく想像付くとは思うんだけど、
『こちらの非を認める言葉』について
向こうの人って極めて敏感なんだよね。
『責任を認めたヤツが悪い』みたいな文化がある」

自動車事故なんかがいい例だろう。

「だからせめて、『恐縮ですが…』は
『It would be very grateful if~』とか
単に『I’m glad if~』みたいに
if説を使って翻訳するのが普通。直訳からは離れるけどね」

「なるほど…」

「まあ、あとはそもそも
『恐縮』なんて概念が存在しない、というのも
正直あるだろうね笑」

確かに、英語で話されるスピーチや演説で
肩を縮こまらせながら泣きそうな表情で
「恐縮ですが…」なんてやっているところを
少なくとも乙は見たことがない。
(もしいたら「頼りない」で一刀両断だろう)

あと乙は、こういう類のやつ何か知ってる?」

「えっとですね…
『Don’t hesitate to contact』は
嫌いな人がいるって話は聞いたことがあります」

「あぁ、『お気軽にお問い合わせください』か。
確かにそれも一例だね。
まあそれはクリシェに近いけどね」

「クリシェ、ですか」

使い古された決まり文句、という訳がついている。

「そう。
皆が同じこと言いすぎて、
『それって何も言っていないのと同じだよね』みたいなのは
英語圏にも当然ある。その一つがそれってわけ」

「てことは、翻訳だと
『これはあえて伝えなくていいよね』って
カットしたりすることもあるってことですか」

「そうだね。割と普通にある。
何気なくどころか何の意味もなく発した言葉でも、
相手方は真剣に受け取っちゃうことなんていくらでもあるからね。
その点を呼吸の如く考慮するのが一流の翻訳だと僕は思う」

これは今でも
乙の翻訳における指針の一つになっている。

 

…筆者、スミカ(Rick)

「翻訳の『行間』。」

【追伸】
コミュニケーションの大原則。
伝えたことではなく、伝わったことが全て。
それを熟知した上で習慣化するのが翻訳である。

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