「『苦労しないために苦労する』方式」experienced。

ノンフィクション – experienced

「仕事柄、
『苦労してるんです…』って告白してくれる人は多いんだけど、
じゃあその人に向かって
『ではその解決の為に、何かしているんですか?』って聞いたら
はあ?何コイツ?みたいな反応をよくされるんだけどさ」

一言で表すのは難解だが、
甲は課題発見と課題解決のプロだった。

「それって、
苦労してはいるけど
じゃあその解決のために動いてない、
ってことですよね」

完全生徒である乙が尋ねる。

「そうだね。
なんか僕からすれば極めて不思議なんだけど、
『私苦労してますアピール』が
三度の飯より好きな人って想像以上に多いんだね」

「あぁ、分かります笑。
不幸自慢じゃないですけど、
なんかそれ自体に幸せ感じちゃうんですよね」

「そう。
多分それでドーパミン出てるんだろうね。
まあそれが自己顕示欲を満たす手段になってるかは知らんけど、
『課題解決』という視点から考えるとまあこれが大変で」

甲がコーヒーではなく
こだわりの紅茶をすすって一呼吸する。

「乙さ、
『問題はそれが問題と認識されるまで問題ではない』
っていう言葉は聞いたことある?」

「ありますよ。
甲さんの仕事柄、あらゆる企業で
そういうのはありがちそうですけど…」

「いや、事実は小説より奇なり…じゃないけど、
現実はそれ以上に厳しいよ」

甲の魅力の一つは
こういったレトリックが
嫌味なく爽やかに出てくることだった。

「言っちゃうと、
そういう人は別に苦労の解決なんて望んでないんだよ」

「…え?どういうことですか?」

「だから、
『私はこんなに苦労している!可哀想な人間!』
と慰めてもらいたいだけなんだよ。
慰めてもらいたいわけだから、
むしろ苦労なんて解決されちゃいけないの」

以前、やたら
「俺って可哀想な人アピール」に
半ば人生を捧げていた乙の顔がひきつった。

「あ、乙にもそういう時期があったね?笑
まあ、今は変われたみたいだけど」

「えぇ、おかげさまで…」

「そう、で
そういう人にまず言うのは
『苦労しないために苦労しましょう。
その方が幸せですよ』っていうことなんだけどね」

「苦労は解決した方がいい、ということですね」

「当然だよ。
苦労ってのは麻薬みたいなもん。
一度ハマるともう抜け出せない。
苦労することが人生の目的になってしまう」

甲の例えはまさに的を射ていた。

「ほら、かの野村克也さんも
そういう類の名言を遺しているでしょ?」

「ええ。
『苦労とは、しなくてもいいことで苦しくことをいう』」

楽しんで苦労している場合を除き、
基本的に苦労は麻薬である。
ましてや、苦労している自分に酔うなど論外である。

それを乙は甲の背中から教わった。

 

…筆者、スミカ(Rick)

「『苦労しないために苦労する』方式。」

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