早速結論から言ってしまうが、
「オレのおかげでアイツは〇〇に受かった」
「アイツ、オレの教え子だから」
と聞いてもいないのに自分から言い出す講師にロクなヤツはいない。
これは学習塾のみならず、あらゆる指導者に共通する。
プロ野球選手を輩出した高校野球部の監督が
「アイツはオレが育てた」と吹聴するのはダサい。
国民的大スターの親が
「アイツはオレが育てた」とドヤ顔するのは痛々しいから止めてほしい。
独立して成功した人の会社員時代の元上司が
「アイツはオレが育てた」とアピールするのはもう悲しくて目も当てられない。
本当に誇れる実績ならわざわざアピールせずとも
周りが勝手に評価・感謝してくれてそれが実績になるから、
自分からアピールしなければならないような実績はないも当然である。
それどころか、
当人から見れば育ててもらったどころか
「コイツはむしろ邪魔ばかりしてきたな」
「コイツ誰だっけ?」
というヤツに限って、「オレが育てた」面をしたがるのである。
これにはもう本当に例外がない。
本当は育てたどころか迷惑をかけてきたのに、
その引け目の裏返しとして「オレが育てた」と吹聴してしまうのだ。
本当に「この人に育ててもらったな」という講師は
自分からわざわざ「育てた」という言葉を使わない。
それをわざわざアピールする必要はないし、
世界中でその生徒と先生だけが分かっていれば十分だからである。
もちろん、学習塾の場合は
塾選びの際にどうしても便宜上として
「合格実績」というデータを塾ごとに用意する必要はある。
それがないと塾間で比べようがないからだ。
だが、塾講師にそれを自らの手柄として誇る資格はない。
それはなぜか。
そもそも、「合格実績」というのは誰の実績だろうか。
講師の実績ではない。あくまでも生徒の実績である。
なぜなら実際に勉強したのも、覚えたのも、試験を受けたのも、
一定以上のスコアを取ったのも全て生徒だからである。
講師はそれらがうまく回るようにサポートをしたに過ぎない。
ここでもし講師が生徒の身代わりになって
勉強をし、記憶し、試験を受け、パスしたというのなら
「自分の実績」として講師が誇る資格はあるだろう。
だが、塾講師に限らず指導者というのは
自分がいくら頑張っても意味がなく、他人に頑張ってもらわないといけないのだ。
かつ、頑張ったのは他人なのだからそれに付随する実績も本来他人のものだ。
もちろん、生徒の方から感謝される分には構わない。
だが自分が自ら試験を受けて合格したわけではないのだから、
決して自分の実績として吹聴してはいけないのだ。
それが指導者の役割である。
これに関連する話だが、
私は生徒を「育てる」という言葉が苦手だ。
「育てる」という言葉だと、野菜でも育てるかのように
こちらの頑張り次第でいくらでもどうにかなるように感じてしまう。
だが、実際には講師一人盛り上がっていても何の意味もない。
あくまでも生徒に頑張ってもらわなければならない。
つまり「育てる」のではなく、勝手に「育つ」のである。
講師側ができることといえば、せいぜい勝手に育つのを邪魔しないことである。
生徒が聴く授業の準備を万全にする。
生徒に対してベストの授業を行う。
生徒の質問対応や丸付けなども完璧に行う。
あくまでも主役は生徒であり、講師はその黒子である。
生徒に成績を伸ばしたり、志望校に合格したりしてもらうことに対して
塾講師は「よく支えましたね」とお金をもらっているのだから。
塾講師はつい「オレがオレが」とアピールしてしまう人間の割合が高いが、
本来はこれくらいの謙虚さがあって当たり前である。
…筆者、透佳(スミカ)
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