Jobhunting:孤独になると、「これしかない」という仕事に出会える。

孤独の留学

留学先で孤独に行動していると、率直に申し上げて

「いかに自分は何もできないのか」ということを痛感させられる。

私の場合で言えば留学を通じて

いかにリスニングが苦手であるかも痛感したし、

いかに人に気遣いができないのかも痛感したし

いかに単純作業が無理なのかも痛感した。

これが誰かと群れていると、ある程度ごまかせる。

リスニングが苦手でも、他の人に聞き取ってもらえばいい。

気遣いができなくても、他の人が気遣い上手であればいい。

単純作業が苦手でも、得意な人に丸投げすればいい。

群れているということは個人の弱みを隠せるということなのだ。

だがこれが孤独だとこうはいかない。

全て露呈するし、全てバレるし、全て明るみに出る。

自分で自分が情けなくなるくらいに、全ての弱点が判明する。

だがこれは光の当て方を変えれば、

「自分はこれしかできないな」

「これぐらいなら自分にもできるな」

という本物の適性が浮かび上がってくるということなのだ。

例えば私はとにかく難解な英語表現が嫌いだったから、

せめて自分が発する際にはとにかく分かりやすい表現に徹した。

その結果こうして今は分かりやすい英語を伝える英語講師が肩書きになっている。

気遣いが無理だから一定年齢以上のお客様と直接接する仕事は無理だし、

単純作業が無理だから工場勤務や事務・経理といった仕事も無理だ。

そうやって私の場合は学習塾という場所を選んだのだ。

よく

「自分がやりたい仕事と、生活のために実際にやる仕事は別問題であり分けるべきだ」

「やりたい仕事ではなく、とにかく何か仕事をしろ」

という話をする人がいる。

だが厳密に言えばそれは違う。

その仕事がやりたいのではなく、その仕事しかできないのだ。

私の場合は塾講師になりたくてなったのではなく、

塾講師以外の仕事に絶望的に適性がなかったという方が正確だ。

私自身のことを棚に上げて言えば、こういう人は強い。

孤独の留学を通して徹底的に打ちのめされた上で、

「自分にはこれしかない」

「自分はこれを仕事にしなければならない」

という使命感・覚悟が生まれるからだ。

「こういう職業に就きたい」という憧れとは訳が違う。

憧れはあくまでも憧れだからあっさりと諦めることもできてしまうが、

「自分にはこれしかない」というのは執着の範疇である。

文字通り自分にはこれしかないのだから、

この世界でなんとしてでも生きていかないといけないという覚悟が生まれる。

志望業界・志望職種というのはこうやって決めるのだ。

こう考えると、「あれもこれもできます」という万能・器用な人は就活で苦戦する。

自分がそのことをできるということに対して感謝がなく、

ついついそのことを当たり前と思ってしまうからだ。

(当たり前だと思ってしまうから当然「強み」として認識できない)

逆に「これしかできません」という不器用な人間は最後に勝つ。

自分がそのことをできるということに対して感謝があり、

「私の強みはこれです」と明確に認識・アピールできるからだ。

全ては、孤独の中で打ちのめされることから始まるのだ。

 

…筆者、透佳(スミカ)

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