「校閲の本質」experienced。

ノンフィクション – experienced

「確かに、他人のミスはすぐに気がつくのに
自分のミスは全然気づけないよなあ」

エリート社員の聡明な甲にも
そんな悩みはあるようだ。

「あら、甲ほどの人でもそれは悩みなんだね」

「いやいや…でも、そうだよ。
なんなら入社時からずっと悩んでるよ、これ」

表面上は全くそう見えないのは甲の実力である。

「じゃあここは、甲らしく
キレキレの分析を頼むよ」

「え?
なんで人は他人の分析は出来るのに
自分の分析は出来ないのかだって?
またちょっと無茶振りだなあ」

甲はまんざらでもなさそうだが。

「一つはまあ、
『自分という対象』は何百回・何千回も見るわけだろ。
となると、どうしても
『もうそういうものだ』という固定観念が生まれちゃう」

「ほう」

「要は、新鮮味がなくなるんだよね。
仮にミスを見かけたとしても、つい惰性かつ無意識で
『まあこれはほっとこう』ってなるだろ、乙も?」

「なるほど。分かる。
初めて見る対象ならくまなく探せるけど、
もう何百回も見ました…なんてものを
今更一から全部見るのは抵抗あるもんね」

「そう。無意識にそうなっちゃう」

人の無意識は時として恐ろしいものである。

「で、もう一つ。
まあ、こっちがメインだとは思うんだけど…」

「あぁ、なんとなく分かる気がする」

「うん、多分予想通りだよ。『見栄』」

「だよね〜…」

これは乙にも大いに心当たりがあった。

「やっぱり人間ってさ、
他人のミスは厳しく指摘できるけど
自分のミスには甘くなるからね。
もうそういう生き物なんだよ」

「『失敗することが問題ではない。
失敗を認めないことが問題なのだ』的な名言も
某ビジネス名書にもあったよね」

「ホントそれ」

甲がふと思い出したように言葉を足す。

「だから、当事者意識ってのも大事なんだけど
もう一つはやっぱり客観性っていうか…
『他人になる力』だよね。
この両方がある人はやっぱり強いよ。
乙みたいな文筆業ならなおさらだろ?」

これは今も乙の一指針である。

 

…筆者、スミカ(Rick)

「校閲の本質。」

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