「私の文章って、
上から無慈悲に現実を突きつける鬼軍曹みたいですよね笑。」
実はそう言ったのは乙自らの方だった。
後に乙の処女作となる本の編集者・甲と
乙の上司と乙、3者面談の方式で
いつものオフィスに甲を招いて打ち合わせが行われていた。
煽った上で現実を叩きつける
乙の文章スタイルは、
確かにパンチはあるが共感力に欠けていた。
「この書き方だと、
現時点で乙さんに理解がある方やファンはともかくとして
書店で初めてこの文章を見るような方は
『うっ…』ってなってしまいますよ?」
甲はマスク越しに苦笑いのようだ。
「淡々と事実を並べているというよりは、
感情的に・批評的に煽っているように思えます。
これでは温かみがない上に読者さんも納得出来ません」
乙はまさにごもっとも!という
なんとも神妙で偉そうな顔つきだった。
むしろ、
煽る文章が書けるだなんて才能だけどな…なんて
極めて呑気な発送をしながら晴れた窓を眺めていた。
そこに乙の上司が追い打ちをかける。
「文章の流れもどうもぎこちないよね。
問題提起から始まっているけど、もっとベタに
『結論→理由→具体例』でいいんじゃないの?」
乙の着ているヒートテックがじんわり冷える。
乙が個人的なブログで書いているような、
また日頃の読書で散々読んできたような内容を
改めて痛感させられていた。
すかさず甲がフォローを入れる。
「確かに、乙さんの文章は現実に満ち溢れています。
なので、もっと希望を持たせてあげられるような文章だと
読者さんはもっと『出来る!』と思えますよ」
そうだ、これだ。
温かみ・母性のある文章が書きたい。
そう乙が独りで勝手に感銘を受けている頃合い、
では今後もよろしくお願いしますということで
緊張の中間報告はたけなわとなった。
乙は今回、
絶対に失敗出来ない処女作だからこそ
編集者には最後は絶対服従だと決めていた。
それ以降、乙は文章を書く際に少しだけ
「希望のある、ほっこり暖かい文章か?」と
常に脳内に微電流を流すことになる。
後に、この打ち合わせが
乙が個人で淡々と書いているブログで
新連載を始める切っ掛けの一つになったことは
敢えて言うまでもあるまい。
…筆者、スミカ(Rick)
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