「私は、野村克也さんという人は
文筆家として凄かったって思ってるんだよね」
出版関係の仕事に就いている甲がそう口を開いた。
「ほう、作家として、か」
乙は信者とまではいかないが
氏の思想や哲学も自らに取り入れている。
「だってまず、並のスポーツ選手が
何十万文字も自力で書けるかって
体育会系経験してる乙なら分かるよね」
「うん、断じて無理。
たま〜に量だけは書ける人がいるんだけど、
あぁ原稿ほぼそのまま印刷したんだろうな…っていう、
その人の書いた文章じゃなかったら読まないよね」
「自力で書けるんならまだ可愛い方よ。
普通はゴーストライター使って
こちらで章立てから構成から考えたりとか、
あとはインタビューをひたすらして
文字起こしから文章にするのはこちらでやったりとか…」
「まあ、別に驚くことではないけど
あまりそういうことは皆にベラベラ喋らないでね笑」
甲は編集者としての時期もそこそこ長い。
「その点、あの人は凄かったよ。
明らかにご自身で書いてる文章の雰囲気だったし、
そもそも好きじゃなかったら本なんてあんな何十冊も書けないわ」
「まあね。
大抵のスポーツ選手は
そう何冊も書かないだろうね。飽きるでしょ」
「ええ。その通り。
そもそもスポーツ選手・評論家としてのギャラと比べたら、
本の印税なんて雀の涙みたいなもんなのにね」
これは本一冊仕上げるための労力と
一冊売れるごとの印税を考えれば絶対に分かる。
「もちろん直接会ったことはないけど、
話し好きとは聞いてたから
『書き好き』でもあるのかもね。
要は、自分の思想をもっともっと広げたい、と」
「それが好きで、
で肝心の中身も優れてるとなると
そりゃあ作家としても成功するよね」
「そう、それが大事なの」
甲が一瞬プロの目つきを見せた。
「好きなだけじゃいけない。
コンテンツに優れているだけでもいけない。
好きでかつコンテンツに優れていて
初めて成功する仕事のが文筆業なの。
乙も何か学ぶべきところあるんじゃないかしら」
言うまでもない。
…筆者、スミカ(Rick)
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