乙がそのプロジェクトに関わり始めたのは
晩秋に入る頃だっただろうか。
乙がその会議室に入った途端、
実際に携わるクリエイター陣から上層部、
そして相手方からスタッフと社長が訪れていた。
もしかしたら
とんでもない場所に来てしまったんじゃないか、と
乙は服の中を汗で濡らしながら感じ取った。
だが、そんな乙以上に
プロジェクトリーダーの顔からは汗が垂れていた。
それはそうだろう。
乙が後から聞いた話では、
当初の締め切りからは遅れ続け
内容の精査や現状把握にも時間が取れず
今こうして複数の決定権者に囲まれている。
乙も他人事ではいられなかった。
「大丈夫ですよ。これからちゃんと頑張っていただければ」
甲の目の奥は全く大丈夫ではなかった。
それと同時に、
「自分はこれで食っているんだ」
「ここが人生なんだ」という
プロ意識が光として宿っていた。
その後まもなく、
その場で一番のほほんとしていた乙が
成り行きでリーダーを引き継ぐことになる。
「この人はプロだ。だからこちらもプロになろう」
乙はこの一心だった。
追い込まれていた状況を、
逆にこちらが追い込む状況に
ひっくり返し続けて数ヶ月。
こちらに胸襟を開いてくれた甲が
こっそりポロってくれた内容は
乙には生涯忘れることが出来なかった。
「これに限らず
何か物を作って売る仕事って、
物を作るのが一番時間がかかるのに
作っている最中には売上が発生しない仕組みなんですよ。
だから毎日が不安で仕方ないんです」
乙の胸にはしかと響いた。
そして同時に、興奮した。
…筆者、スミカ(Rick)
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