塾講師としては極めて邪道かもしれないけど、私は自分の生徒の成績が伸びたり志望校に合格したりすることに「おめでとう」以上の感情を感じない。
成績が伸びたり志望校に合格したりしたのはその生徒が自分で頑張って努力したからであり、それに対して「私が教えたからできたんだ」とは微塵も思わない。
たかだか週1〜2回の授業で「ワシが育てた」みたいなツラは私にはできない。
【追伸】
これが予備校になると話も違うんだと思う。
一応、塾と予備校の違いを書いておくと
勉強「だけ」に専門特化したのが予備校。それ以外も含めて浅く広く教えるのが塾。
というのが一番分かりやすい定義だと思う。
「○○大学の英語入試の解き方」のような高度な講義であれば間違いなく予備校である。
だが、予備校は日頃の学習習慣については干渉しないのが普通だ。
「情報はたっぷりあげるから、あとは自分で頑張ってね」というのが予備校である。
その代わり、その情報は文字通り最新鋭・最先端のものが与えられる。
「これを知らなかったら〇〇大学は絶対に合格しなかった」というパターンが多いから、
予備校講師は「ワシが育てた」と合格実績を誇る資格があると思う。
だが、塾講師は予備校講師ほど高度なこと・秘密のレシピを教えているわけではない。
そんな必殺技はない。
せいぜい
「当たり前のことを当たり前にやれるようになろう」
という初歩・基礎・頻出の反復徹底が全てである。
私の授業もそれの繰り返しである。
「〇〇を知るだけで英語の成績が大幅アップ!」
みたいな魔法の授業はやっていない。
「まずは主語+動詞を書く。話はそこからだよ」
という当たり前の話しかしていない。
だからそれを元に生徒の成績が伸びたとしても、
「まあそれはそうだよね」以上の感想が出てこない。
当たり前のことを、当たり前にできるようになれば誰でもあるレベルまで成績は伸びる。
基本が大事、という締めに今回はしようかな。
【追伸の追伸】
よりシンプルに申し上げれば、
実際に勉強したのは講師じゃなくて生徒だからね。
講師が生徒の代わりに勉強して受かったならそれは講師が偉いね、という話だけど
結局勉強するのは生徒なんだから偉いのは全て生徒。
それで生徒から自然に感謝されるのは悪いことではないけど、
「俺のおかげで通ったんだ」と講師が自分から言うのはダサい。
…筆者、透佳(スミカ)
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