板書と授業特性。

板書の仕方にはその先生の教育論・哲学が顕著に現れる。

「しのごの言ってないでさっさと覚えろ」「なんだかんだと考えるのはこれを頭に叩き込んだ後だ」という考え方の強い講師の板書は最初から完璧な答え・公式を提示する板書になる。

「自分の頭で考えることこそ大切」「丸暗記はよくない、納得して覚えましょう」という考え方の強い講師の板書は起承転結・導入からオチまでの物語がある板書になる。

【追伸】
どちらがより良いのかはその生徒による。

以下、一切の建前や綺麗事を排除して述べると

概して偏差値40以下の生徒は悪い頭で考えてもしょうがないから

さっさと公式・構文・単語熟語・文法の最低暗記事項を覚えてしまった方が早い。

「これはこうだからこうなるんだ」

という理屈を考えるのは偏差値が50を超えてからにした方がいい。

そうでないと、英語の成績はイマイチなのに

やたら無駄なウンチクだけは知っている残念な生徒が一人生まれるだけだ。

99%の人にとってまず大切なのは理屈より点数だ。

まずは一定の結果を出さないとどうしようもない。

これには一切の議論の余地がないはずだ。

そして、偏差値が55を超えたあたりからようやく

英語という学問でない、英語という「世界」を深く味わえるようになる。

Good morningが「良い朝」ではなく「おはよう」になるのは

挨拶が事実確認である日本とお祈りである英米圏との違いなんだよ…

みたいな話も楽しめるようになる。

ただ繰り返しになるが、偏差値30の生徒がこんなウンチクを覚えるぐらいなら

まずはさっさとGood morningのスペルを正しく書けたり読めたりする練習をした方がいい。

Good morningの文化背景を語っていいのはその後だ。

私が言っているのはそういうことである。

 

…筆者、透佳(スミカ)

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