「熟慮しない」experienced。

ノンフィクション – experienced

乙が一次情報で知る限り、
甲は最も頭の切れる存在であった。

自分の領域のことに関しては、
どんなことでも分かりやすく
しかも本質を突いた回答をしてくれる。

ビジネスにおいて
質問されて迷っている甲を
少なくとも乙は見たことがない。

そんな甲が
乙が社会人一年目の時に上司になってくれたことは
今でも感謝しきれない。

そんな甲に勇気を振り絞って
乙が直接尋ねてみたことがあった。

「どうして甲さんって、
どんな質問にも答えられるんですか?」

甲の答えは世界一シンプルだった。

「普段から考えてるから」

乙はてっきり、質問というと
尋ねられたその場で知識を総動員して
瞬間的にアウトプットするものだと思っていた。

「てことは、普段から
『どんな質問をされるだろう』って
考えてるってことですか?」

「うん。
考えるだけじゃなくて、答えや仮説を建ててる。
一分野のプロである以上、当然じゃないかな。
その場で全部考えるなんて、流石に無理だよ笑」

準備が全て、というプロの掟を
こうして乙は甲の背中から教わった。

我が国の歴史に残る某小説家にも
こんなエピソードがあったように思う。

全身全霊で書いた作品は全く売れなかった。

リラックスしてサラっと書いた作品は売れまくった。

現代の国語の教科書に載るレベルで。

最後に甲はこんなことも付け足してくれた。

「人前で熟慮するって、恥ずかしくない?
だって、『私は普段何も考えてません』って
周りにアピールしてるようなもんじゃん」

乙は自分の知的怠惰を恥じた。

 

…筆者、スミカ(Rick)

「熟慮しない。」

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