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【OneListenOneSoul#3】京都とミシシッピを繋いだ「英語への挑戦」—Yasue M. Hillさん【前編】

OneListenOneSoul

 

どうも、こんにちはスミカ(Rick)です。

 

皆さん、お待たせしました。
今日の記事は、約一か月ぶりとなる
アメリカ南部の日本人を尋ねる
フリースタイルインタビュー
OneListenOneSoul第3回です。
ようやく学期開けたからね、仕方ないね

「OneListenOneSoul」とはなんぞや?
という方への概要ページはこちらから

第3回・今回のゲストは、
現在ミシシッピ州ガルフポート在住にて
フリーランスとして活動されている
Yasue M. Hillさんです。
今回の【前編】では、彼女の日本での生活から
今、こうしてミシシッピに至るまで
どうして?という経緯をつづっています。

それでは、どうぞ。

 

 

あこがれのアメリカ、
あこがれの英語を追って。

――では、今回はよろしくお願いします。
では、まずはどのような道のりをたどって
現在ミシシッピに住まれているのか、という過程を。

  初めてアメリカを訪れたのは今から25年以上前のことで、その時に行ったのがサウスダコタ州。その当時(学生の頃)は特に何も将来への興味がなかったんですが、うちの母が「雄大な土地に行って、色々と見てきなさい。勉強になることもあるはず」と私に言ってくれまして。その頃はバブル真っ盛りで経済的にも海外に行きやすい状況だったので、新聞でたまたまみかけたホームステイプログラムに気軽に応募しました。

  まずサウスダコタに着く前に経由地で寄ったのが、サンフランシスコでした。その時が人生初の海外だったのですが、空港のにおいから何まで日本とは全く異なっていて、「アメリカすごい!」とこの時点でカルチャーショック。

  そしてそこからサウスダコタ州に飛んだのですが、そこがミシシッピ州とはるくらいの超・ド田舎。そんな自然たっぷりの所に3週間くらい居たのですが、当時は英語が全く喋れませんでした。だから当時は意思疎通が本当に大変で、ジェスチャーを駆使してなんとか生き残る状態笑。住んでいる所から口にする食事やお菓子まで、何もかもがアメリカンで毎日が新鮮でした。そんな3週間があって、その帰りにはロスにも寄れてしまったので、すっかりアメリカが大好きになりました。その当時から、「いつかアメリカに住んでみたい」という思いはありましたね。

  でも日本に帰って就職してからは、英語を使うことがすっかりなくなっていました。そんな時に、下の弟たちが次々にアメリカの大学に行き出しました。そして弟たちが2人でオレゴンに一緒に住むことになった時にようやく私も遊びに行ったのですが、30代に入っていたこの段階でもやっぱり英語が喋られない笑。それで日本で帰って来た後に、そろそろ自分でも英語を勉強しないとまずいなと思い、週1で英語のレッスンを始めました。でも「週1・1時間」だけ英語を喋っていても全く伸びなくて、「英語を使いたい!」の一心で外国人が集うようなバーやクラブに通い出しました。そういう実際の英語を通して、自分を「英語漬け」の状態にしてみました。

  それから半年くらい後に英語のレッスンの先生を変えることになって、その時にたまたま今の主人を見つけたのが出会いです。その時の彼は台湾で働いていた後で、ちょうど日本に来たタイミングでした。何人かにレッスンの応募はしていたのですが、今の主人がその中で一番誠実で対応が良かったので、彼に英語を教えてもらい始めて次第に仲良くなっていったのでしょう。主人の出身はオハイオ州で、世界中を旅行で巡るのが趣味でした。台湾や日本に来たのもその時のツテで行ったらしく、本来はそのまま数年後にアメリカに帰る予定だったのでしょうが、そこで私と出会って結婚までしてしまいまして。日本にそのまま住もうとも思っていたのですが、仕事の関係でアメリカに戻る事になって、主人のお父さんが引退して住んでいたのが(現在居る)ミシシッピ州でした。

 

ミシシッピで日本人が働く、
という難しさの現状と開拓。

――ミシシッピに来てからは、
何をして生活をしているか。

  フリーランスのライターをやっています。始めたのはミシシッピに来てからですね。始めた理由はシンプルで、ここには仕事がない。ほんとにない笑。この辺だと中々雇ってくれなくて、日本人への優遇なんてまあ無い、と気付いたからですね。そんな中仕事を見つけていたのは、最初は飲食業界でした。最初の日本レストランは、遠いのもあり半年ほどで退職。そしてその次に見つけたのが当時近所だった小さな中華ブッフェレストラン(※先日のパンダ・パレスとは別)でした。

  ですが、そこでは毎日驚きの連続で、アメリカの「お客さんの質の悪さ」を目の当たりにしてしまって。日本で言う所の「ガラが悪い」とかいう次元じゃなくて、まず食や健康に対してホントに無頓着で、食べ物を粗末にしたり、マナーもすごく悪かったり…もちろん良いお客さんもいましたけどね。でもその店の中国人オーナーが本当に良い方で、他に仕事も特にない状態というのもあって辞められなかったんですね。そんな状況で、オーナーが店自体を閉めることとなり、私も自動的に職を失うことになりました。

  そんな中で「このままで終わりたくない」と思って始めたのが、現在もしているフリーランスのライター。今ここで書いているのは「美と健康」に「ダイエット」、たまに国際結婚とかの単発記事も書いています。次は子育てから見た「食育」の記事を書き始めようと思っています。

――「ライター」というジャンルに関する
プロとアマチュアの違いとは。

  お金を稼ぐプロのライターは自分の好きな分野であれば楽しんで書くことが出来ますが、面白くない分野を書いてしまうとスゴイ苦痛になります。私の場合は一回「トレンド・ゴシップネタ」の記事を頼まれて、興味ない事を調べたり、自分の意見なんかも考えたり…本当に苦痛でした。「お金のために」って思って記事をかいてしまうとかなり辛いと思います。私は(そんな内容は)辞めましたけど。

――今書いている記事は。

  今は自分自身のウェブサイトや、オンラインでのセールス。デパートとかの商品の紹介・レビュー記事をたまに頼まれますね。後は10歳の息子がYouTuberをやってて小さい子供向けの英語レッスンを配信しているのですが、それ関係のサイトも管理しています。そして今年から新しく始めたのがビジネスマーケティングのサイト。これはフロリダにある本社のもとでやっていて、世界への市場展開のための仕事を(ビジネスパートナーとして)私も含めてしています。

  前はスマホなんか最初は全く知らなかったのですが、今はこれで仕事も何でも出来てしまう。それに最近は(マーケティングの)ライブ配信も流行ってきているようで、息子が一回やってみたら軽くバズった(※非常に多くの人が殺到する事・拡散する事)んですよね笑。だから私も「始めなきゃ」と思って、日本のマーケット拡大の為に勉強中・計画中です。

――そのライブ配信の内容は。

  まずはネットマーケティングですね。後、これから時代が来るのが――エイジング(Aging、年をとること)。

 

 

次回、インタビュー中編
「エイジング」というキーワードから
これからのネットワークビジネスの展望に迫ります。
高齢化が進む中での「確実なビジネス」とは?
To Be Continued…

↓↓インタビューの続きはコチラから↓↓
【中編】さあ、「これから」の
ビジネスマーケティングの話をしよう

今回のゲスト

Yasue M. Hillさん
京都出身、現在はアメリカ・ミシシッピ州在住7年目の
フリーランスライター・およびネットワークマーケッター。
同州にて教師を務める夫と、若くして英語レッスンを配信するYouTuberの息子を持つ。
国際結婚12年目であり、アメリカ南部の日本人情報にも精通している。
(YasueさんのFacebookはこちらから)

 

 

スミカ(Rick)
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