カコとミライを繋ぐもの。

日常生活

 

どうも、スミカ(Rick)です。
さっきまで、妙に長い事ねていたと思ったら、
なんと午前3時から午後8時までの15時間寝てたらしい。
圧倒的睡眠。もちろん、そんなつもりはなく。

最近どうも「長く寝てしまう」現象が多く、
目覚ましを慣れ親しんだものに戻したり
生活リズムを整えたりであったりと
色々意識してはいるのですが。
まあ、こんな時間に更新している時点でアレだけど

 

さて、そんな感じで寝る気もなく現在午前3時。
特別何かをするという訳でもなく、
とりあえずこのブログを開いてみました。

昨日からやんわりと横になっている間、
なにかと過去のことを考えていました。
あんなことあったなあ、こんなこともあったなあと。

 

そして一つ、ふと思うのです。

過去の経験は、現在と未来の自分自身に役立っているのか、と。

 

若いときは買ってでもしろ」といわれる、苦労
さて、なんでそんな理屈がまかり通っているのか。
そう思いながら、過去を振り返っていた。

 

さて苦労という言葉に関しては、
自分は過去の失敗・苦労から出来ている、なんてことは
僕自身が現に成功してから初めて言えることであって
今の時点でどうこう言えることでもないけど、
少なくともそれらに関しては身をもって
経験し、それを通じ色々と味わってきた人生だった。

例えば、

  • 人に頼りすぎない。
  • 人を信じすぎない。
  • 人を受け入れすぎない。
  • 人に感情移入しすぎない。
  • 人に甘えない。
  • 人に固執しない。

これらがスッと浮かんでくるということは、
結局のところ
僕は人ひとりとして自立できていないのである。
実に、甘い。

 

結局のところ、
こうするべき・こうあるべき」と
人生の先輩方に教えていただいていた
いわゆる教訓とやらは、
実際に自身が痛い目にあってから
ようやく体得していくものらしい。

「何かを変えたい・何かを直したい・何かを進めたい」時、
僕は実際に痛い目に遭うこと
僕自身唯一の解決策だと思っている。
人(というか僕)は往々にして、
目の前に敢然と結果として示されるまで
何も本当には理解できないものなのである。
だからテストも一回死ぬまでノー勉ですし

 

過去の失敗や痛みから学ばない限り、未来の成長はない。
何度も自身に言い聞かせてるんだけど、どうもまだまだの模様。
はたして、自分が送ってきた日々から
何を学ぶことが本当に出来ているのだろうか?

 

終わりに、僕が敬愛する方の一つの考えをのせて。

 

哲学は苦しみから生まれる
天性と感性だけで生きる人には哲学がないと思うがゆえ。

野村克也

 

いつか、僕が胸をはってそう言える日が来るように。

今?
「何も学んでない」と言われても、論破する自信がまだ無いかな。
だから今日も、己を、己を考えることを続けていく。

 

そんな、2月19日。

 

スミカ(Rick)
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